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東京地方裁判所 昭和42年(行ウ)213号 判決 1968年6月06日

原告

大島太郎

右訴訟代理人

大野正男

大橋堅固

山川洋一郎

被告

東京都練馬区長職務代理者

衝本静雄

右指定代理人

島田信次

ほか五名

主文

原告が昭和四二年九月二五日付でした練馬区長候補者決定に関する条例制定請求代表者証明書の交付申請に対し、被告が同年一〇月七日付練総総収第一九七六号をもつてした右証明書交付拒否処分を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因及び被告の主張に対する反論として、次のとおり述べた。

(行政処分の存在)

一、原告は練馬区に居住し、同区選挙人名簿に記載されているものであるが、同区の住民として、地方自治法(以下「法」という。)第二八三条第一項、第七四条第一項の規定により練馬区長候補者決定に関する条例の制定を請求すべく、地方自治法施行令(以下「令」という。)第九一条第一項により、その代表者として、被告に対し、昭和四二年九月二五日、別紙文書をもつて条例制定請求代表者証明書(以下「代表者証明書」という。)の交付を申請した。

しかるに、被告は、同年一〇月七日付練総総収第一九七六号をもつて、「原告が条例で規定しようとする事項は、法で許された条例制定事項ではない、特別区の区長選任に関する法第二八一条の三第一項ならびに令第二〇九条の七の規定は、区長は区民の意思の代表者、代弁者である区議会が直接選任するという趣旨であつて、たとえその候補者決定の段階といえども、区議会の意思決定については他のいかなる外的拘束ないし制約を受けるべきではない。」との理由のもとに右証明書の交付を拒否する処分をした。

二、右拒否行為の処分性につき、被告は、原告の本件申請が法令上認められた申請権の行使たる実質を有しないから、その拒否行為は処分でないと主張するが、本件申請が法令上認められたものかどうかは、実体判断の対象となる事項であり、申請が適法か否かによつて拒否行為の処分性が左右されるものではない。

(本件処分の違法事由)

被告の主張によれば、条例制定(改廃)請求手続においては、代表者証明書交付の段階において制定(改廃)請求をする条例案が法律に適合するかどうかを長が実質的に審査しうるものであり、本件では、右審査の結果、原告の制定請求をする条例案の内容が条例制定事項でないと認められたので、代表者証明書の交付を拒否したというのである。

一、しかし、代表者証明書交付の段階で条例案に対する長の実質審査権を認めることは誤りである。

(一)  法第六四条にもとづく令第九一条第二項によれば、請求代表者から代表者証明書の交付申請があつたときは、長は選挙管理委員会に対し、当該請求代表者が選挙人名簿に記載された者であるかどうかの確認を求め、その確認があつたときは、これに右証明書を交付しなければならないと定められている。すなわち、右申請を受けた長のなすべきこと、また、なしうることは、その申請が同条第一項の要件(請求の要旨があるか、それが千字以内であるかなどの外形的要件)を具えているかどうかを形式的に審査することの外は、右代表者が選挙人名簿に記載された者であるかどうかの確認を求めることのみであつて、その確認があつたときは、なんらの裁量の余地なく代表者証明書を交付しなければならず、長が条例案の内容につき実質的審査をして代表者証明書の交付を拒否することなど全く予定していない。代表者証明書の交付は、これから住民が条例制定(改廃)の直接請求をすべく署名を求める前提手続として行なわれるものであり、もし右証明書の交付が拒否されれば、請求代表者は以後一切の行動ができなくなり、住民が直接請求制度を利用することは不可能になる。

そもそも、直接請求制度は、長あるいは議会による通常の自治体の運営活動の外に、とくに法が住民に対し直接その運営に参画しうる手段として保障するものであるが、何故法がかかる住民の条例制定(改廃)の直接請求権を認めたかというと、そこには住民と長や議会との間になんらかの政治的不一致が存在し、住民の意思が長や議会に反映しない場合があることを予想し、かかる場合の調整のために特に設けた制度である。したがつてかかる制度は、住民と長や議会との政治的不一致ないし対立のある場合にはじめて有効に機能するものなのである。しかるに、もし被告の主張するように、長の判断水準において明らかに条例非制定事項にあたるかどうかを決定せしめるのであれば、住民と政治的対立関係にある長の判断が住民の判断に優越することを許し、したがつて、対立的当事者の一方の判断により、他の者の基本的な権利の行使が禁圧ないし阻害されることになる。すなわち長は自己の見解(法律的見解を含む)に合致しないという主観的な理由で、直接請求手続の進行を事前に禁圧阻害しうる結果となり、かくては法の趣旨と全く背馳するに至ること明らかである。

他方、請求にかかる条例案の内容については、いまそれはいまだ「案」なのであり、所要の署名が得られた場合に議会において十分に審議が行なわれるべきものである。その際も、長は、議会が議決した条例が違法であると判断すれば、これを再議に付することができ、更に再度の議決があれば、知事に審査を申し立てうるのである(法第一七六条)。このように、長は、その条例の内容の判断については後に十分その権限と機会が保障されているにも拘らず、条例制定(改廃)のための直接請求の最初の手続段階において、その条例「案」の内容を長が実質的に審査して、その判断によつて、住民の地方自治直接関与の方途を全く失わせるごときことはとうてい法の許容するところではない。

かようにして、代表者証明書交付の際の長の審査権は形式的審査権に限られ、条例案の内容についての実質的審査権はないと解すべきであるが、かりに審査の範囲を右の限度から拡張しうるとしても、それは当該条例によつて規制しようとする事項が地方公共団体の事務に属さないものであること又は法がとくに条例制定請求事項から排除したものであること(現在は法第七四条に定める地方税の賦課徴収並びに分担金使用料及び手数料の徴収に関するもののみである)が、通常人によつて一見明白であり、その瑕疵を補正することが不可能である場合に限定せられるべきである。ただし、これも、請求の趣旨を外形的、形式的に審査して容易にかかる結論に到達する場合にのみ例外的に是認されるのであつて、条例案の内容の当否に審査権が及びえないのはもちろん、もし地方公共団体の事務なのかどうか、また法第七四条の制限事項に該当するかどうかが疑問とされる余地が若干でもあれば、長はすべからく証明書を交付すべきものと解すべきである。

(二)  以上のことは次にのべるような住民の条例制定(改廃)の直接請求による一連の立法過程全体の法律的性格に由来するものである。

1 代表者証明書交付申請は住民の発意(イニシアテブ)によつて開始される立法過程の最初のステップである。その後選挙権を有する住民の総数の五〇分の一以上の連署を得たうえ、地方公共団体の長に条例の制定を請求し、長はこれを受理してから二〇日以内に議会を招集し、意見を附けてこれを議会に付議することとなる。そしてこれが議会で可決せられてようやく条例になるのである(法第七四条)。

そして条例の議決は、議会に与えられた固有の権能であつて、制定段階における政治的、法律的討議を経てなされるのであり、かかる立法過程の途中で他のいかなる機関からもその権能を制限されるべきものではない。すなわち、立法手続の端緒である条例制定(改廃)請求手続において、行政機関たる長が条例案の内容を審査し、その独自の判断によつて代表者証明書交付を拒否し手続の進行を阻止することは、地方公共団体の行政の長が立法過程に介入するのを認めることとなり、住民の直接請求権及びこれに連らなる議会の条例制定(改廃)の権能を事前に規制する結果を招来するものであるから、違法といわなくてはならない。

このことは法の規定からも論理的に結論されるところである。すなわち法が右にのべた立法過程に長が関与することを認めているのは、二つの機会のみである。一は、条例制定(改廃)請求に必要な署名が集つた段階で長が議会に付議する際の長の請求に対する意見であり、二は、議会が当該条例を制定した場合の再議に付する権限である。行政の長が立法過程に関与するのは三権分立の建前からいつて異例なことであるから、限定的に解しなければならない。ことに、条例案が議会で議決される前において、法は長に対しては意見をのべることしか認めていない。この段階で長は条例案の内容の適否や適法、適憲性についての政治的法律的意見をのべることができるが、その意見は議会に対して重要な資料たりえても、法律上なんら優越的地位が与えられてはいない。長が条例案について反対であつても、その理由如何にかかわらず、この立法過程の進行を阻止するような権限、地位は与えられていない。

ところが、被告のように解すれば、立法過程の最初のステップで長が介入することができ、その法律的意見が条例制定(改廃)直接請求者の意見に優越することとなる(被告が代表者証明書を交付しなければ手続は全く進行しえない)。これ明らかに法の趣旨に反する。

2 以上のような立法手続の実体はまた条例案の討議討論、採決の各段階を経て流動的である。とくに討論にあらわれる諸々の政治的・法律的要因の影響をうけ、あるいは条項の加除訂正、あるいは文言の変更等原案に対する修正は立法過程として当然予想されるところである。

代表者証明書の交付申請書に添付された条例案なるものがそのまま条例として制定されるとは限らないのであるから、これをあたかも確定的なものとして判断の対象とすることは無意味であるとともに、法律上容認することのできない所以でもある。

かりにこの段階における条例案になんらかの瑕疵の疑いあるとしても、それは前述のとおり議会内の諸活動をとおして変容をとげ、それが是正される可能性があり、またそこにこそ議会構成員の存在理由があるのであるから、被告が「条例案の議会の審議自体はじめから無駄である」とか「公務員の徒労や税金の濫費以外には、なんら得るところがない」などというのは間違いである。代表者証明書の交付申請は立法過程の最初の段階であり、その際の条例案の内容について確定的な判断を地方公共団体の行政の長がすること自体がこの手続の立法過程たる性格を見落している独断論である。

現に、練馬区議会においても、その会議規則第一七条は、「修正の動議は、その案をそえ、法第一一五条の二の規定によるものについては、所定の発議者が連署し、その他のものについては三人以上の賛成者とともに連署して議長に提出しなければならない。」として、修正手続を定めて修正を可能としている。

なお、条例案に対する議会の修正権については、それが無制限のものであるか、或いは一定の限界があるかの問題はあるが、条例発案権者がなにびとであつても、議会が修正権を有することは明らかである(法第一一五条の二)。そして修正制限説によつても、それは法令に反する修正や付議された条例の目的、性格等その本質を変更して同一性を失わせるような修正は認められないとするだけであつて、その程度に至らない修正は、当然に可能なのである。

3 代表者証明書交付申請手続において記載が要求されている請求の要旨に対しては長の実質的審査権が及ばないことは被告も認めるところであり、たとえば「請求の要旨が間違いである場合であつても、条例の制定又は改廃が可能な限りは、代表者証明書は交付しなければならない。元来、請求の要旨については当該地方公共団体の長において審査することはできないのであるから、極端にいえば、文字だけ並んでいても請求の要旨ではあるということもできよう。また、請求の要旨が千字を超えている場合、千字以内で末尾を切り捨てても請求の要旨たりうるのである。」などと解されている。

被告は、地方自治法施行規則(以下「規則」という。)第九条が請求書に制定請求に係る例条案の添付を求めていることに実質審査権を肯定する根拠を置いているようであるが、施行令の定める要件である請求の要旨について右のように解されている以上、規則が条例案の添付を求めているからといつて、これをもつて逆に条例案の内容の審査権を長に認める趣旨であるとすることができないのは当然である。この点に関し、被告は、請求の要旨とは、制定(改廃)請求に至つた理由ないし動機の要約にすぎず、条例案の方がより重要であるから、これには長の実質審査権が及ぶと主張するが、「要旨」とは、「大体の内容」、「述べられた事の大事な筋」という意味をあらわす言葉であつて、理由ないし動機などという意味でないことは文義的にも明らかであるうえ、前記のとおり請求の要旨は政令の要求するところであるのに対し、条例案の添付はその下位規範たる規則の定める要件にすぎないから、上位規範の定める要件について実質審査権が及ばない以上、当然下位規範のそれについても同様であるべきであり、被告の主張は法的に倒錯しているものといわなければならない。実質的に考えても、請求の要旨には長の審査権が及ばないが、条例案には及ぶというのは、いかにも無理な主張である。

以上のとおり、請求の要旨の形式的審査によつて、地方公共団体の事務でないこと又は法第七四条の条例制定非請求事項であることが一見明白でない本件において、被告のなした実質的審査にもとづく代表者証明書交付拒否処分は違法とされるべきものである。なお、本件に類似する長の解職請求手続について、最高裁判所はすでに「町選挙管理委員会が代表者から解職請求者署名簿の署名につき証明を求められた場合、同委員会は解職請求理由の内容の当否について審査権限を有するものではない」旨判示しており(昭和二八年一二月四日第二小法廷判決、民集七巻一二号一三七〇頁)、この趣旨は条例制定請求手続である本件にも同様に適用されるべきである。

(三)  1 被告は原告が主張する「通常人にとつて一見明白」という基準が出てくる理由が判然としないという。

しかし、ある行為の法律上の瑕疵が外観上明白であるかどうかという基準は、瑕疵の重大性と並んで講学上(とくに行政法上)十分に熟している概念であるし、また、判例的にもしばしば慣用的に用いられるところである。たとえば最高裁砂川判決(昭和三四年一二月一六日大法廷、刑集一三巻一三号三二二五頁)は、高度に政治的問題に関し内閣や国会がなした行為に対する裁判所の司法審査権の及ぶ限界について、「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限りは、司法審査権の範囲外のものであつて……」と論じている。これは三権分立の理論にもとづき、いわゆる政治問題について司法権の介入の限界を示したものであるが、むしろ本件のような立法過程に行政機関の長が介入しうる限界を考えるときにこそ、この趣旨は十分参考にされるべきである。

2 また、被告は条例制定の権能に長が種々の形で関与しうべき場合があるとして、提案権等を例示し、しかるが故に直接請求の最初の段階で長が代表者証明書の交付を拒否しうると解することが合理的解釈であるとするけれども、右例示のうち、法第一七七条は収支に関する議決に関するもの、第一七九条は専決処分の定めであつて、条例と全く関係がなく、また、第一六条はすでに成立した条例の公布の規定であり、制定権能とは別異である。

ところで長の条例提案権(第一四九条第一号)、直接請求を受理した場合の意見を附けて議会に付議する義務(第七四条第三項)また付再議権能(第一七六条)についての各規定が、直接請求をチェックしうるいかなる根拠になるというのであろうか。すでに述べたように、長や議員の提案権の発動を期待しえないからこそ住民は直接請求の手続を利用せざるをえないのであり、また、それ故にこそ、いつたん請求を受理した以上、一定期間内に議会を招集してこれを付議し、またその結果を通知、公表する義務が長に課せられているのであつて、これは直接請求を実効あらしめる保障規定と解されることこそあれ、被告の主張を理由づけるなんらの根拠とはならない。また、右の際長が意見を附けるべきことや議決を再議に付すことが認められていることは、かえつて最初の段階では長に直接請求事項についての優越的審査権能を法が認めていないことの証左とみるべきことは前記のとおりである。

3 被告は、長の右判断(実質的審査にもとづく判断)が誤つていると考えれば、訴訟によつて裁判所の判断を仰げばよいとするが、立法を必要とする社会的基盤は常に流動的であり、立法過程というのはダイナミックなものであるから、長の専断的処分により直接請求の手続が中断すれば、後に時を経て司法的救済が得られたとしても、それではもはや所期の目的を達成できない場合が少なくないのである。

それのみか、被告のいうように長の審査権が条例の内容に及ぶとする以上、右の訴訟における裁判の対象も当然条例内容のならざるをえないこととなるが、このような判断を認めると、立法過程の途中において裁判所が条例案について合法、違法の宣言をするのと同一に帰し、かくては裁判所がこれから制定されようとする抽象的法規(いな法規ですらなく、法規となる契機、動機にすぎないもの)について、いまだ事件性もないのに拘らず、抽象的合法、違法を宣言する予備審査的、勧告的判決をすることとなり、司法裁判所に権限外の作用を強いる結果ともなるといわなければならない。

二  次に、本件条例案の内容について被告が条例の非制定事項であるとするのも誤りである。

(一)  原告が制定を請求しようとする条例の内容は別紙条例(案)のとおりであつて、区長選任に区民の意思をできるだけ反映させようというものであり、これを条例の非制定事項とするなんらの規定はないし、(法第一四条第一項、第二条第二項、第三項、第九項参照)、むしろ「地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の住民が直接これを選任する」との憲法第九三条第二項及び地方自治の本旨にもかなうものである。

住民の意思をできる限り区議会に反映しようとする右条例の内容を、区議会の意思を制約するものとする被告の見解こそ、基本的に地方自治の本旨を正解しないものといわねばならない。

(二)  被告は、特別区長の候補者の決定権は当該特別区の議会に属し、それは他のいかなる外的拘束ないし制約を受けるべきものではないのに、本件条例案の内容は区民投票により区議会の決定権をなんらかの程度において外的に拘束し、あるいは制約するものであるから、明らかに違法な条例案であるというのであるが、その理由のないことは以下のとおりである。

1 ある事項の決定権者が一定の基準や指針を設け、他の人の意見を公的に聴取して参考とし、意思決定をすることは、なんら拘束ないし制約というべきものではない。法第二八一条の三第一項の趣旨も区議会の区長選任決議が無基準、恣意的になされることを保障したものではない。まして、上位法たる憲法第九三条と右法第二八一条の三第一項の規定とが絶対的に矛盾対立するものではない以上、憲法の趣旨を尊重しつつ法を運用するように定めることは、いささかもこれを制限制約と解すべきものではない。

ところで本件条例案第二条は、「……区議会が……区長の候補者を定めるに当つては区民の投票の結果に基づいてこれを行うものとする。」として。区議会の区長候補者決定方法を定めているのであるが、これが意味するところは、区議会が区長候補者の決定をする際に、憲法にいう地方自治の理念に即し、また間接民主制は議会が選挙民の意見を絶えず吸い上げ、審議にその意見を反映させることにより、はじめて正常に機能しうるとの認識に立つて、区民の意思が奈辺にあるかを知り、これを指針ないし重要な参考意見にしようとの趣旨であり、区議会の選任権を否定するものではない。本条例案によれば、区議会が区民投票の結果を尊重することを当然期待しているが、万一そのとおりの決定をしないことが生じたとしても、政治的に妥当、不妥当の問題が生ずることは格別、区長候補者の決定が法律的に無効となるものではないのである。その意味で本条例案第二条は政治的規範であつて、司法的規範ではない。

ちなみに、「……の議に基づき」というように「基づき」が法令用語として使用される場合には、その意味するところは「……の意見を聞き」とか「……にはかつて」というのと同様に、審議機関等の議決を事実上尊重すべきではあつても、これにそのままの形では法的に拘束されないものとみるのが通常の用法と解されている。したがつて、本件条例案が、区民投票の結果に拘束されることを定めたと解するのは明らかに誤りである。

かりにもしこの用語が被告のいうように解釈されるから不適当であると区議会の多くの議員が考えるならば、その審議において他の用語(たとえば「参考として」等)に修正される可能性も十分存する。かかる字句修正は、立法過程が流動的であり可塑性に富むことから、原告を始めとする条例制定請求者の予定するところであるとともに、このような修正、変更はいまだもつて当初の条例案の同一性をそこなうものでもない。被告のように「基づいて」を一方的に解釈し、これによつて違法であると断定することは、まさに独断のそしりを免れないし、被告にかかる断定をする権限は全く存しない。

2 本件条例案の意味するところは右のとおりであるが、他面、右条例案の制定請求に必要な署名数が得られて、議会で原案どおりの条例が制定された場合を考えてみても、それは議会自らの審議によつて、かかる条例案を正当かつ必要とした場合にのみ可決され条例となるのであるから、これをもつて第三者が外部的に議会の決定権を制約し拘束するなどと目すべきものでないことは明らかである。

現に区議会が区長候補者を決定するに当つて、区長候補者を一般に公募し、公募に応じたものの中から候補者を決定するという、いわゆる公募方式を採る特別区が、港区、台東区等をはじめてして一四区もの多数にのぼつている。被告の論法によれば、これは応募者以外の者を候補者とすることができないという意味で、区議会の意思を外部的に拘束するものと考えられるのであるが、このような現実については自治省も都もなんらその廃止の勧告等をなしていない。このことは、区議会が自己の意思決定をなすについて、自ら一つの規準や方式を選択し、これによることが、議会の自律でこそあれ、議会の意思決定を外部的に拘束したり、制約したりすのものというべきではないということを自治省や都自体も認めていることの証左である。

被告は、公募方式は本件条例案と異なり、第一に当該区議会の意思にもとづいてなされること、第二に区議会は必ずしも応募者の中から区長候補者を決定することの拘束を受けるものではないとの理由から適法であるというが、本件条例案も条例として制定されるか否かは区議会の意思にかかつているのであり、一方現在まで公募方式を採用した区で、区議会が応募者以外の者を区長に選任した実績も存しない。応募者以外の者を選任することも法的に可能であるからといつて、「応募」のもつ政治的社会的の事実上の効果ないし区議会への影響力は否定できない(それも全くないというのなら公募方式自体全然無意味である)。

したがつて、「区議会の意思決定について他のいかなる外的拘束ないし制約を受くべきでない」という被告の前提は、公募方式を是認する限り自己矛盾であり、また、右のような事実上の拘束・制約という意味では原告請求の条例案と、現在行なわれている公募方式の機能との間には決定的な差異は見出せない。公募方式も、本条例案の定める方式も、いずれも議会が自己の決定権を行使する際の方式を内部的に自律したものとして第三者による外部からの決定権の制約・拘束とみるべきでないことは同様である。

3 練馬区においては、区議会における区長候補者の決定が区議会内部の各政党間の対立と思惑のため円滑に行なわれず、前区長が昭和四二年六月二一日に任期中途で辞職して以来区長不在の区政がすでに八箇月余にも及んでおり、ために行政事務が渋滞し、区民は甚しく迷惑を蒙つているのが実情である。

同様の理由による区長の長期不在が東京都内において、練馬区以外にも文京、新宿、江東、品川、江戸川の五区に見られ、区議会は区長候補者の決定について本来期待された機能をもはや果しえなくなり区政に重大な停滞と障害をもたらしている。

このような実情等を考慮したうえ、本件条例案は区民の意思を徴して議会がこれを指針ないし参考資料とすることにより、現状の混乱を合理的に解決し区長候補者の円滑な決定を可能にすべく立案されたものである。それは区議会の決定権の制約であるどころか、むしろ現に失われている区議会の機能の回復を目ざしているのである。したがつて、本件条例案は、法の規定と地方自治尊重の憲法の精神とをできる限り調和的に機能させることを目的としてつくられているものであり、なんら現行地方自治法の規定を無視するものではない。被告は内閣総理大臣の候補者についての国民投票の例などひいているが、全く憲法上の前提と立法事実が違つているのであつて、これを無視して言葉の上だけの類似性を求めるのは不当である。

ひつきよう、被告の見解は区長選任に関する法の規定を、いかなる外部の制約も認められない絶対的な区議会の自由を認めたかのごとく杓子定規に解し、他方、本件条例案の「基づいて」という用語についても絶対的な法的拘束性を意味すると独断して、その間の矛盾を論じているのであつて、法解釈の態度として正当でない。

三  以上の理由により、被告の本件代表者証明書交付拒否処分は令第九一条に違反するものであるから、その取消しを求める。

被告指定代理人は、本案前の申立てとして、「本件訴えを却下する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を、本案の申立てとして、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、本案前の申立ての理由及び本案についての答弁並びに主張として、次のとおり述べた。

(本案前の申立ての理由)

一  一般に抗告訴訟の対象となりうる処分とは、行政庁の公権力の行使にあたる行為であつて、国民の権利義務に影響を与えるものをいう。行政庁による申請の拒否行為が処分と認められるのは、これによつて法令上国民に認められた申請権が害される場合のみである。また、申請権が法令上認められている場合であつても、具体的な申請行為が、法令上認められた申請権の行使たる実質を有しない場合には、行政庁が当該申請を拒否しても、これによつて申請人の申請権が害されたということができないのであるから、右拒否は処分に該当しないものと解される。たとえば地方税、分担金の減額のように、明らかに条例制定直接請求の対象たりえない事項に関する条例の制定請求代表者証明書の交付申請に対し、地方公共団体の長がこれを拒否した場合などがこれにあたる。

二  原告の本件申請は、後に詳述するように、明らかに条例をもつて規定しえない事項に関する条例の制定請求代表者証明書の交付を求めるものであるから、以上述べた理由により、右申請を拒否した被告の行為は、抗告訴訟の対象たる処分の性質を有しないものである。また、かりに処分であるとしても、以上述べたところから、本訴が訴えの利益を欠くことは明らかである。

したがつて、いずれにしても、本件訴えは不適法であるから、却下さるべきである。

(請求原因に対する答弁及び主張)

一、原告の地位及び本件代表者証明書交付拒否行為にいたるまでの経過は、右証明書交付申請の内容が別紙文書のとおりであることも含めすべて認めるが、その余の主張は争う。被告が代表者証明書の交付を拒否したのは、原告の制定請求に係る条例案の内容が条例をもつて規定しえない事項に関するものであることが明らかであつたからである。

二、令第九一条第一項の規定は、制定(改廃)請求に係る条例案の内容が、当該地方公共団体の条例をもつて規定しえない事項に関するものであることが明らかな場合においては、長は代表者証明書の交付を拒否しうるとの趣旨であつて、その限りにおいて長に条例案の内容の適否を判断する権限を与えたものと解すべきである。

(一)  原告は、「もし右証明書の交付が拒否されれば、条例制定請求代表者は以後一切の行動ができなくなり、住民が法に定める直接請求制度を利用することは不可能となる。」と主張しているが、一定の場合に、住民をして地方自治に直接関与させるという直接請求制度の趣旨からすれば、条例として制定されうる事項について住民の制定請求を認めれば、制度の目的は十分に達せられるはずであり、もともと条例をもつて規定できないことが明らかな事項についてまで、住民の条例制定請求を認める必要はないのである。したがつて、右のような条例案の直接請求に関して、長が代表者証明書の交付を拒んでも、それは当然の措置であり、そのことによつて区民の直接請求制度の正当な利用は、いささかも妨げられたことにならないのは当然である。かような条例案に係る代表者証明交付申請に対してまで、法が長に対し、盲目的・機械的に証明書の交付を義務づけているとはとうてい解しえない。代表者証明書交付の段階で、条例案の内容が条例規定事項でないとして代表者証明書の交付を拒否された場合でも、請求代表者は、条例案の内容が条例制定事項であると思えば、これを理由として、拒否処分の取消しを訴求することができることはもちろんであり、その結果請求者の主張が認められれば、請求者は以後の行動を続けることが可能なのである。

もし右の点について、原告のような見解をとるとすれば、たとえば地方税の賦課徴収や、分担金・使用料・手数料の徴収に関する条例など、直接請求の対象たりえないことが明らから事項(条例非請求事項)とか、日本国憲法の改正手続を定める条例など、明らかに地方公共団体の条例をもつて規定しえない事項(条例非制定事項)に関する条例の制定を請求するために、代表者証明書の交付申請がなされた場合においても、長には当然に代表者証明書を交付する義務が存することになり、かくては、当初より全く無駄とわかつている条例制定請求のため、当該地方公共団体の有権者総数の五〇分の一以上の者の署名を集めるべく、個別訪問や街頭宣伝その他の方法による運動が区域全体にわたつてくりひろげられることになる。右運動の働きかけを受ける有権者の数は、最低必要署名数の数倍以上に及ぶと想像され、練馬区の場合であれば、少くとも数万の区民が迷惑をこうむることになる。かりにこのようなことが都条例に関し、東京都の区域内において行なわれることになければ、被害者の数はおそらく数百万人にも及ぶものと考えられる。

(二)  令第九一条第一項は、代表者証明書の交付申請にあたり、条例制定(改廃)請求書の添付を要求し、この規定をうけた施行規則第九条は、同請求書に、制定(改廃)請求に係る条例案の添付を求めている。

すなわち、必要な署名が集まり、選挙管理委員会の証明が出た後になされる条例制定(改廃)の本請求にあたつては、条例制定(改廃)請求書及び条例案等が長に提出される(令第九六条第一項参照)のであるが、これに先だち、代表者証明書交付申請の段階で、重複的に条例案の提出が義務づけられているのである。このことは、現行法令の規定が、代表者証明書交付申請の段階で、長が条例案の内容を審査し、明らかに条例非請求事項又は条例非制定事項に係る直接請求であることが判明すれば、代表者証明書の交付を拒みうることを予定していることを示すものである。けだし、条例案の内容いかんを問わず、長は必ず機械的に代表者証明書の交付を義務づけられているとすれば、後に本請求の際に提出される条例案を、代表者証明交付申請の段階でも法が要求するはずはないからである。

もつとも、法は、代表者証明書交付申請にあたり、条例案のほかに請求の要旨の添付を求めている。ここにいう「請求の要旨」とは、なぜ当該直接請求をなすに至つたかの理由ないし動機の要約を意味する。そして請求の要旨は署名簿に織り込まれて(施行規則別記様式備考欄参照)住民の参考に供せられるにすぎないのであるから、条例案に比し、二次的な重要性をもつものにすぎない。常に一律に千字以内にまとめるべきものとする無雑作な規定の在方も、このことを示している(しかし、いやしくも住民の参考に供するものである以上、文字だけ並んでいればよいなどというのは独自の見解であつて、採用の限りではない)。

これに対し、いかなる条例を制定請求しようとするのか、当の住民自体正確には判らない(又は住民に正確に知らせる必要がない)というのはナンセンスであるから、当初の条例案の内容は極めて重要である。これを請求の要旨と同様に考えて、当初の条例案の内容がどうでもよいなどというのは、本末てん倒の議論である。請求の要旨は、直接請求をなすに至つた理由ないし動機にすぎないから、そこまで長の実質的審査権を及ぼす必要がないことはいうまでもない。

この点について、原告は、「請求の要旨」は政令で定められているのに対し、条例案の方は規則により規定されているのであるから、上位の規範による前者に対して長の実質審査権が及ばない以上、下位の規範による後者にも審査権が及ばないのは当然であると主張する。

なるほど、かりに「請求の要旨」と条例案とが同一内容または内容的に重複するものであれば、原告の主張にも一理がある。しかし、「請求の要旨」とが内容的に重複するとすれば、両者を共に条例制定請求者署名簿に織り込んで住民に供覧する(施行規則別記様式参照)必要性はとぼしいように思われるし、長の解職請求や機会の解散請求等の場合に要求される「請求の要旨」が、共に事件案そのものの要約ではなく、請求をするに至つた理由ないし動機の要約と解される(これらの場合、事件案の内容の要約ということは意味をなさない。また施行規則第一一条及び第一二条により、事件案そのもの及び「請求の要旨」の両者の添付が要求されている)関係上、原告のように解すると、「請求の要旨」の解釈が、条例制定請求の場合と、その他の場合とで、区々になつてしまう結果となる。

ちなみに、原告自身が提出した本件条例制定請求書に記載されている「請求の要旨」の内容自体、主として条例制定請求をするに至つた背景・動機・理由等について述べているのであり、少くともこれをもつて条例案の要約とはとうてい解しえないものである。

かりに「請求の要旨」の意味を原告のように解するとすれば、これに対しては、条例案に対すると同様に、長の実質的審査権が及ぶものと解しなくてはならない。

(三)  原告は、また、「請求に係る条例案はまだ案にすぎず、所要の署名が得られた場合に議会において十分に審議が行なわれるべきものであり、修正の可能性もある。そして、長は、条例案を議会に付議する際に、条例案の内容について意見を述べることができるし、更に、条例案が議決された後にこれを再議に付することもできるのであるから、代表者証明書交付の段階で条例案の内容を確定的なものとして審査する必要はない。」と主張する。しかし、はじめから条例として制定することができないことの判つている条例案について、わざわざ住民の署名を集めることを許し、選挙管理委員会の手をわずらわせ、議会まで招集しておきながら、長がその段階になつて、「実はこの条例案は、はじめから条例として制定できないものであると判つていたのだが、一応付議するから否決してほしい」旨の意見を付して、議会にかけるというのは、どう考えても不合理であるばかりか、議会や住民を愚弄する解釈といわなければならない。そもそもかかる条例案について行なわれる議会の審議自体、はじめから無駄なものであることが判りきつているのである。それどころか、かかる条例案が不幸にして所要の署名を得るような事態となれば、長は二〇日以内に議会を招集することを余儀なくされ、否応なしに「議会において十分審議が行なわれる」ことになるのであるから、事ここに至つては、多数住民のみならず、長及び議会まで、みすみす無駄な条例案について提案ないし審議・否決(間違つて可決でもされれば尚更ことが面倒になる。)するという全く無駄な労力を強いられるわけであり、公務員の徒労や税金の濫費以外には、なんら得るところがないといわなければならない。

なるほど代表者証明書交付申請の際に添付される条例案が議会における討議の過程において修正されることがありうることは、原告の主張するとおりである。しかし議会による修正は無制約のものではなく、おのずから限度があり、当初の条例案の趣旨を変更する等、その同一性を害するような修正が許されないのは当然である。のみならず、議会で修正しうるからといつて、違法な条例案を、長がそれと知りつつ住民に対する署名運動を認め、議会に付議してよいということにはならない。すなわち、長は、条例案の違法な点が補正しうるものであればその補正を命じ、条例案を適法なものにしたうえで代表者証明書を交付すべきものであり、違法と知りつつ、そのままで手続を進めるべきではない。住民が賛否の意思表明を求められる対象は、あくまでも当初の条例案なのであるから、当初の条例案の内容こそが根本的に重要なものであるというべく、住民にいい加減の条例案を見せておき、後から議会がしかるべく修正すればよいなどという考えは、甚だしく住民を軽視する非民主的な見解といわざるをえない。

(四)  更に、原告は、条例制定が議会の固有の権能であり、行政機関が立法過程に介入することは許されないと主張するが、条例案制定の機能についていえば、地方自治法上議会が右機能を独占しているわけではなく、条例の提案権(法第一四九条第一号)をはじめとして、種々の形で長がこれに関与しうべき場合が少くないのである(法第一六条、第七四条第三項第一七六条、第一七七条、第一七九条等)。したがつて、明らかに条例制定事項でない条例案について直接請求があつた場合、住民や関係機関の徒労と迷惑をさけるため、最初の段階で長がこれを拒否しうると解することは、実質的に見て妥当であるばかりでなく、法の定める長と議会との関係のうえから見ても、合理的な解釈であつて、これをもつて長の「立法過程への介入」とか、「議会の条例制定権能の規制」と見るのは当らない。

原告は、長による条例案実質審査権の範囲として、「通常人にとつて一見明白」という基準を提示する。しかし、なぜこのような基準が出てくるかの理由は、甚だ判然としない。法が長という行政機関に対し実質的審査権を認め、その結果に責任を負わせる以上、長の判断水準において、明らかに条例非制定事項にあたるかどうかを決定せしめる趣旨と解するのが当然であり、その判断の水準をことさらに「通常人」に求めることには、全く根拠がない。また、長の右判断が誤つていると考えれば、訴訟によつて裁判所の判断を仰げばよいのであつて、長の拒否により、以後一切の手続が不可能になるなどということはない。

原告によれば、条例制定直接請求権が認められた趣旨は、住民と長あるいは議会との間になんらかの政治的不一致が存在する場合の調整を図ることにあるから、長の判断水準で条例案の内容審査をすると、住民と対立関係にある長の判断が住民の判断に優越することになつて不当であるといのうである。しかしながら、原告の論法をもつてすれば、住民と議会との間にも対立関係の存在が前提される(これは原告の自認するところである)以上、議会が住民の直接請求に係る条例案を審議し、右条例案の運命を決する(否決する可決するとは議会の自由である)ことは、やはり住民と対立関係にある議会の判断が住民の判断に優越することになり、許されないということになろう。原告の右主張は、主張自体矛盾を含んでいるものといわざるをえない。

(五)  右の点に関する自治省及び東京都の公式見解も、被告の以上述べたところと同一であり、先例としては、昭和二四年に、福岡県で市町村と住氏との間に本件と同様の問題が生じ、同県から「第七四条の条例制定の請求があつた場合、その内容が条例規定事項

(議会で議決すべき事項又は法令により条例で規定すべき事項でない)ときは、市町村長は違法のものとして議会に提案せず自己の権限で拒否できるか。また令第九一条第二項の請求代表者証明書を交付せず、同交付申請書を却下してよいかとの照会があつたのに対し、自治庁は、「法令上条例規定事項でないことが明瞭な場合は令第九一条第一項により受理すべき限りでない。」と回答し、右回答に従つて事案が処理された例がある。

なお、原告は長の解職請求に関する最高裁判所の判例を引用し、本件の場合も同様に解すべきであるとするが、これは以上述べた点についての原告の無理解を示すものである。

すなわち右判例は、長の解職請求の際に添付される「請求の要旨」、換言せればなぜ右請求をするに至つたかの理由に対して、選挙管理委員会の実質審査権が及ばないとしているのであつて、事件案の内容自体に対して長の実質審査権が及ぶかどうかが問題となつている本件とは、問題の所在が異なるのである。長の解職請求の場合、その理由や動機(請求の要旨)はまちまちであろうが、事案の内容は、常に「長を解職する」というものであつて、一定しており、それ以外にはありえない(請求の要旨は参考にすぎないから、住民はそれ以外の理由にもとづいて解職に賛成してもよいわけである)。これに対して、条例制定請求の場合は、あらゆる内容の事件案(条例案)が出てくる可能性があるのであるから、全く事情が異なる。その中には地方税の賦課徴収や、地方団体の権限外の事項に関する条例案なども混つているかも知れない。したがつて、長の解職請求については、事件案の内容審査ということは性質上ありえないのに対し、条例制定請求の場合には、事件案の内容に対する長の審査権を認める必要があり、またこれを認めるのが当然なのである。

三  次に、本件条例案の内容は、現行法上、条例をもつて規定しうる事項には当らない。

(一)  思うに、現在の我国の統治機構は、間接民主制を原則としており、極めて例外的な場合にかぎつて、これを修正する手段として、直接民主制を採用しているのである。かかる建前のもとにあつては、法令により一定事項の決定権限が一定の国家機関に属するものと規定されている場合には、右権限の行使は原則として全面的に当該機関が行なうべきであつて、その意思決定について、他のいかなる外的拘束ないし制約を受くべきでないことはもちろんであり、かかる拘束や制約を当該法令より下位の法形式により設定することは許されないと解すべきである。

法第二八一条の三第一項は、「特別区の区長は……特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する」と規定し、これをうけて令第二〇九条の七は「……特別区の議会が当該特別区の区長を選任しようとするときは、特別区の議会は予め特別区の区長の候補者を定め……」と規定し特別区長の候補者の決定権を区民の代表機関たる当該特別区の議会に属せしめているのであるから、法は区長候補者の決定を、あくまで区議会自身が自主的な判断によつて行なうことを予定しているものと見るべきであり、区議会以外の者が右決定に関与することを許す趣旨であることは解されない。この意味において、本件条例制定請求書にいうような「法の空白地帯」などは現行法上存在しないのである。

ところが、原告の提示する本件条例案は、区民投票による区長候補者の選出が、区議会の意思をなんらかの程度において拘束し、あるいは制約する趣旨と解される。そうたとすれば、それは前述のとおり明らかに違法な条例案であるといわざるをえない。すなわち、現行法は、区議会が自らの意思により区長候補者を選定すべき旨を規定しているのに対し、原告の本件条例案は、その候補者の実質的決定を区民投票に委ね、その結果、区議会は区民投票によつて決定された候補者を単に形式的に区長候補者として選出するにすぎないことになるのであるから、右条例案の内容が現行法の趣旨に反することは明らかである。法が昭和二七年の改正により、従前の区長公選制を廃止し、区議会の選任制という一種の間接選挙制を採用した立法の経緯を考え合わせるとき、このことはいつそう明らかである。けだし、原告の本件条例案は、右改正を実質的に無意味ならしめ、事実上法改正前の区長公選制を復活せしめる結果を生ずるものだからである。またこの意味において、それは一種の脱法行為としての性格を帯びることにもなることに注意すべきである。

(二)  原告は、本件条例案の「区民投票の結果に基づき」とあるのは、区民投票によつて選ばれた区長候補者を区議会が単に参考にするとの意味であり、なんらこれを拘束する趣旨ではないと主張するが、右主張は、以下に述べる理由により失当である。

一般に、重要性の低い機関が意見ないし原案を提出し、重要性の高い、もしくはより根元的な機関がこれを参考または前提として決定を下すことは、理にかなつており、実際上もその例が極めて多い。たとえば諮問機関の答申を参考として行政庁が決定を下し、国会の発議に係る憲法改正を国民が承認するごときである。しかし、その逆に、重要性の高い、もしくはより根元的な機関が意見ないし原案を提出し、より重要性の低い機関が、これに何ら拘束されず、単に参考として独自の決定を下すことは、一般に背理であるから、かような規定を設けること自体許されないものと解される。より重要な機関の行為に「基づいて」、より重要性の低い機関が決定すると規定されている場合もまれに見られるが(たとえば憲法第六条、第八三条、第八五条など)、このような場合「基づいて」は拘束性を意味し、重要性の低い機関は、重要性の高い機関のきめた事項に反した決定をなしえないものと解釈されている。

したがつて、本件条例案のように、区民という根本的に重要な機関が区民投票により区長候補者を選び、区議会という重要性において劣る機関がこれになんら拘束されず、独自に区長候補者を決定するというごとき規定を設けることは許されない。よつて、本件条例案中の「基づき」の用語は、参考の意味でなく拘束を意味するものと解せざるをえないのである。

以上のような法的な拘束は別としても、本件条例案により区民投票で区長候補者が選出された場合、区議会がこれを全く無視して別の候補者を決定することは実際上不可能に近いのであるから、それは極めて強度の事実上の拘束を及ぼすものであることが明らかである。このような事態は現行法の趣旨に反するといわなければならない。

原告のような論法にしたがえば、たとえば国会による内閣総理大臣の指名についても、「内閣総理大臣の候補者は国民投票によつて選出し、国会はその結果に基づいて指名する。」旨の法律の制定が可能ということになろう。けだしこの場合にも、国民の意思を国会に反映させることは、国民主権の建前からして望ましいとの理由付けが可能だからである。しかし当然のことながら、このような内容の法律制定は、内閣総理大臣の指名を国民の代表機関たる国会の権限に属せしめ、国会自身が自主的に右権限を行使することを予想している憲法第六七条第一項の趣旨に反すると一般に解されているのであつて、これを考えても、本件条例案が許れないものであることは明らかである。

原告は本件条例案中の「基づいて」の語を、機会において「参考として」と修正することは、単なる字句の修正にすぎず、当初の条例案の同一性を害するものでないと述べている。

しかし、右に明らかにしたように、一般的にいつて「基づいて」の語が「参考にして」を意味する場合もあるが、本件条例案中の「基づいて」は、拘束を意味するものと解せざるをえないのであるから、本件条例案において「基づいて」を「参考として」に修正することは、単なる予句の修正に止まらず、条例案の同一性を害する、内容の重大な変更に当ることはもちろんである。

要するに、本件条例案は、区民投票の結果が区議会を全く拘束しない趣旨とはとうてい解しえず、なんらかの程度でこれを拘束するものとみざるをえない。そうだとすれば本件条例案の内容は明らかに違法であつて条例をもつて制定できないものであるといわなければならない。

(三)  原告は、現に区議会が区長候補者を決定するにあたつて、いわゆる公募方式をしばしば採用しているが、これは本件条例案の方式と同旨であり、したがつて、公募方式が適法ならば本件条例案もまた適法である旨主張している。

公募方式とは、通常、区議会の区長候補者選考特別委員会が一定の期間を定めて、ポスター、広報等によりひろく都内住民から区長候補者を募集して選考するものである。それは第一に、当該区議会の意思にもとづいてなされているものであり(公募方式を行なわないことも自由)、第二に区議会は必ずしも応募者の中から区長候補者を決定することの拘束をうけるわけのものではないのである(「応募者以外の者を候補者とすることができない」との原告の主張は誤りである)。

したがつて、公募方式は、原告の本件条例案と異なり、現行法令となんら矛盾するものではない。

四  最後に、原告の述べるように、現在数区において区長不在の現象が見られることは遺憾であり、この点において被告は原告となんら意見を異にするものではない。そして、右現象の解決策の一つとして、区長公選制の復活は十分にその理由を有すると考えられる。しかしながら、これを実現するためには、あくまでも法改正という正規の手続によるべきであり、本件条例案のように、法改正を経ずしてこれと事実上同一の状態を実現しようとする脱法行為的態度は採るべきでない。

以上要するに、一般に条例非制定事項であることが明らかな条例制定請求の目的をもつて、代表者証明書の交付申請がなされた場合には、地方公共団体の長は、これを拒否することができると解されるところ、原告の本件条例案は、そのような内容を有するのであるから、原告の代表者証明書交付申請に対してこれを拒否した被告の本件処分は適法正当である。よつて、原告の本件請求は、理由がないから棄却されるべきである。

証拠として、原告訴訟代理人は、甲第一ないし第三号証を提出し、被告指定代理人は甲号証の成立を全部認めた。

理由

一東京都練馬区の選挙人名簿に記載されている原告が、法第二八三条第一項、第七四条第一項の規定により練馬区長候補者決定に関する条例の制定を請求しようとする代表者として、昭和四二年九月二五日、令第九一条第一項の規定にもとづき、別紙文書をもつて、練馬区長の職務を行なう被告に対し、条例制定請求代表者証明書の交付を申請したところ、被告は、同条で規定しようとする事項が法の認める条例制定事項でないとの理由により、同年一〇月七日付練総総収第一九七六号をもつて右代表者証明書の交付を拒否したことは、当事者間に争いがない。

二被告は、請求代表者が制定(改廃)を請求しようとする条例の内容が明らかに条例で規定しえない事項に関する場合には、その代表者証明書の交付申請を受けた地方公共団体の長がその交付を拒否しても、当該請求代表者の権利義務になんら影響を及ぼさないから、長の右拒否行為は抗告訴訟の対象たる処分に当らず、また、請求代表者がその取消しを求める訴えの利益もないと主張する。

しかし、令第九一条は、法第七四条第一項の規定により条例の制定(改廃)の請求をしようとする代表者は、当該地方公共団体の長に対し、代表者証明書の交付を申請しなければならないとするとともに(第一項)、右申請を受けた長は、直ちに選挙管理委員会に対し、当該請求代表者が選挙人名簿に記載された者であるかどうかの確認を求め、確認があつたときはこれに代表者証明書を交付しなければならないと定めており(第二項)、また、令第九二条以下の規定によると、請求代表者が右代表者証明書の交付を受けることが、条例の制定(改廃)請求に必要な署名を収集するための前提要件とされている。これらの規定によれば、右令第九一条の規定は、法第七四条第一項所定の条例について同項によりその制定(改廃)の請求をしようとする代表者に対して長に対する代表者証明書の交付申請権を認めたものと解すべきであり、この令の規定にもとづく交付申請が拒否されると以後の署名収集ができなくなるのであるから、長のなすその拒否行為は、たとえ申請者が有資格者でないとか、制定(改廃)を請求しようとする条例の内容が明らかに条例事項でないことを理由とする場合であつても、申請者である当該請求代表者の法律上の地位に影響を及ぼすものとして、抗告訴訟の対象たる処分に当り、請求代表者はその違法を主張して取消しを求める法律上の利益を有するというべきである。よつて、被告の主張は採用できない。なお、法第二八三条第一項、第二五五条の三、第二五六条の規定からすると、右のような代表者証明書交付拒否処分についても、知事に審決の申請をし、その審決を経た後でなければ、取得しの訴えを提起できないものと解されるが、成立に争いのない甲第二号証によれば、被告が本件代表者証明書の交付を拒否するについては、東京都及び自治省当局からその旨の具体的指導を受けていることが明らかであり、改めて東京都知事の審決を経由させることはほとんど無意味であると認められるので、本訴の提起は、行政事件訴訟法第八条第二項第三号の「裁決を経ないことにつき正当の理由があるとき」に該当するというべきである。

そこで、以下被告の本件代表者証明書交付拒否処分の適否について判断する。

被告は、本件処分の理由として、「代表者証明書の交付は、条例の制定(改廃)請求のためのものであるから、その交付申請を受けた長が、制定(改廃)を請求しようとする条例の内容を審査し、明らかに条例で規定しえない事項と認めた場合には、代表者証明書を交付しないことができると解すべきところ、本件において原告が制定請求をしようとする条例の内容は条例事項でないことが明らかであつたので、被告は代表者証明書の交付を拒否したものである。」と主張するのに対し、原告は、「代表者証明書交付の段階では、制定(改廃)請求をしようとする条例の内容を長が実質的に審査する権限はなく、少くとも外形的・形式的審査により、当該条例の内容とする事項が地方公共団体の事務に属さないものであること又は法令によりとくに制定(改廃)請求事項から除外されているものであることが通常人にとつて一見明白で、その瑕疵を補正することが不可能である場合以外は、長はすべからく令第九一条第二項の確認手続を経て代表者証明書を交付すべき義務がある。」と反論する。

(一)  いうまでもなく、法は、憲法の保障する地方自治の根本要素である住民の要請に応ずるため、原則として、住民が当該地方公共団体の議会の議員や長の選挙を通して間接に地方行政に参与するいわゆる代表民主制(間接民主制)の方式を採用している。しかし、これらの代表機関による地方行政の運営が時に住民の意思から遊離し又はこれを裏切り、住民の福祉に反する結果をもたらすこともありえないではないので、かような場合に備えて、住民に直接自己の意思を表明する機会を与え、これによつて民意に反する施政を是正し、代表民主制にともなう幣害を除去する方途を講ずることは、真の住民自治を実現するうえに極めて必要である。法が、代表民主制を地方自治運営の通常の方式としながら、広く直接参政(直接民主制)の方法を併せとりいれ、その一として、法第一二条第一項により、住民に対し条例(地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものを除く。)の制定又は改廃を請求する権利を認めたのは右の趣旨によるものである。

(二)  ところで、法の採用した条例制定(改廃)請求の制度は、住民が直接地方公共団体の議会に対して条例の制定(改廃)を請求するものではなく、当該地方公共団体の長に対し条例案を添えてその制定(改廃)を請求し、長がこれを議会に付議するという手続になつており(法第七四条第一項、第三項。条例案を添付することについては後記参照)、これを条例として可決するかどうかはもつぱら議会の自主的判断に委ねられている。したがつて、この場合議会への提案者は形式的には長であるが、右の請求を受けた長は、戦後昭和二一年一〇月から法制定までの間施行された東京都制第九四条ノ二、府県制第七九条、市制第八七条ノ二、町村制第七二条ノ二が「長ハ原案ノ趣旨ニ反セズト認ムル範囲内ニ於テ之ヲ修正シ原案ヲ添ヘテ議会ニ付議スルコトヲ得」と規定していたのと異なり、住民から提出された条例案に修正を加えて議会に付議することを許されていないので、実質的には、住民に条例の発案権を認めた制度であるということができる。そして、この制度は、議会が条例案を否決した場合に、一部の法制にみられるように住民の一般投票によつてこれを成立させることを認めていないなどの点で、なお徹底した直接参政の方法ではないけれども、立法機関たる議会の権限を尊重しつつ、条例の本来の発案権者である議会の議員及び長(法第一一二条第一項、第一四九条第一号)がその権限を適切に行使しない場合におけるいわば第三の発案権の行使として住民が自ら条例案を作成して議会にその審議を請求する途を開いたものであり、これがわが国の地方自治の民主的運営上に有する意義を考えるならば、その正当な活用は十分尊重されなければならない。

(三)  もとより、条例制定(改廃)請求は、条例の制定(改廃)を目的とするものであるから、その条例の内容が当該地方公共団体の条例で規定しうるものたるを要することは当然であり、条例で規定しうるものたるを要することは当然であり、条例で規定しえない事項を内容とする条例の制定(改廃)請求をすることはできない(法第七四条第一項は、このことを当然の前提とし、条例事項のうちでもとくに同項のうちでもとくに同項かつこ書に掲げる地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料及び手数料の徴収に関するものについては、法制定直後にその改廃請求が頻繁に行なわれ、地方公共団体の財政的基礎を危くするおそれがあつたことにかんがみ、これを請求の対象事項から除外したものである)。しかし、条例で規定しえない事項に関する条例の制定(改廃)請求ができないということと、具体的な請求がそのような事項を内容とするものであるかどうかの認定権、審査権が制度上何人に帰属しているかということは、本来別個の問題であつて、前者が制度の適用範囲に関するいわば実体法的問題であるのに対し、後者は、いわば手続法的観点から制度を動態的に観察してきめられるべき問題である。ことに、ある事項が条例で規定しうる範囲(法第一四条)に属するか、あるいは法律又は規則によつて規定すべき事項であるかについては、法令に明確な定めのある場合は格別、そうでない場合には、地方行政の分野が広汎かつ複雑多岐にわたるにつれて、これを的確に判定することが実際上すこぶる困難となり、裁判例や学説においても見解の帰一しない具体的事例が少なくないことは周知のとおりであるし、また他方、条例制定(改廃)請求の手続をみると、その請求をするには、まず令第九一条によつて長から代表者証明書の交付を受けたうえ、令第九二条以下の定めるところにより、選挙権を有する住民の五〇分の一以上の者の賛成署名を収集しなければならず、また、この署名を得て制定(改廃)請求をしても、当該条例案について議会の審議が行なわれ、違法と判断されれれば否決されることになり、更に、もし議会が条例案の違法を看過してこれを可決したときは、長がこれを再議に付し、なお違法があれば自治大臣又は知事に審査の申立てをし、その裁定に対して出訴することもできる(法第一七六条)。このように、条例事項かどうかの判定自体極めて微妙困難な場合があるうえに、住民の請求に係る条例の制定及び確定までにはいくつかの段階を経由しなければならないことを考えると、条例で規定しえない事項に関する請求はできないといつても、それを右一連の手続過程のどの段階で何人が審査認定して違法な条例の出現を防止するかという前記の問題が当然に解決されるわけではなく、この点は、結局、前述した制度の趣旨と各手続段階の意義ないし機能等を総合的に考慮して決定するほかはない。

四そこで、代表者証明書交付の段階で長が条例案の内容を審査し、それが条例事項でないと認めたときは代表者証明書の交付を拒否するかどうかを検討する。

(一)  まえに述べたとおり、条例制定(改廃)請求制度は、住民に条例の発案権を認めたものであるが、令第九一条は、その権利行使の前提手続として、まず請求代表者が長に対し代表者証明書の交付を申請すべきものとし(第一項)、右申請を受けた長において、当該請求代表者が選挙人名簿に記載されていることの確認を選挙管理委員会から得たときは、これに代表者証明書を交付しなければならないと定めている(第二項)。そして、法第七四条により制定(改廃)請求をするのに必要とされる住民の署名を求めるには、条例制定(改廃)請求者署名簿に右代表者証明書又はその写を附さなければならないとされ(令第九二条第一項。これを附さない署名簿による署名は無効とされるばかりでなく、その署名簿を用いて署名を求めた者は法第七四条の四第三項により罰則の適用を受ける)、したがつて、代表者証明書の交付がなければ、以後一切の活動をなしえないものであることに徴すると、令第九一条が条例制定(改廃)請求の最初の手続として、長による代表者証明書の交付を必要として、長による代表者証明書の交付を必要としたのは、当該地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者でなければ制定(改廃)請求をなしえない(法第七四条第一項、第四項)ところから、請求手続の開始にあたり、請求代表者が右の資格すなわち選挙権を有する者であることを公に確認しておくことによつて、爾後の手続の明確を期し、後日にいたり請求代表者者の資格の有無をめぐり無用の紛争が生ずるのを避ける趣旨に出たものと解するのが相当である。もつとも、令第九一条第一項は、代表者証明書の交付申請をするにはその申請書に請求の要旨その他必要事項を記載した条例制定(改廃)請求書を添えるべきものとし、また、令第九八条の三にもとづく施行規則第九条の別記様式によれば、右の制定(改廃)請求書には制定(改廃)を請求しようとする条例案を添付することとされているので、もし代表者証明書の交付が請求代表者の選挙権の有無を確認するだけの手続であるならば、長に対して条例を提出させる必要はないともいえるかのごとくである。しかし、さきに述べた条例制定(改廃)請求によると、請求代表者は、代表者証明書の交付を受けた後、住民から法定数の署名を得たうえで制定(改廃)請求をすることとなるのであるから、いかなる内容の条例の制定(改廃)について住民に対し賛否の意見表明を求めるのかを、その前前段階たる長に対する代表者証明書の交付申請の際に条例案によつて具体的に明らかにし、その内容を確定しておく必要があることはむしろ当然であつて(それゆえ、長が代表者証明書を交付したときは、いかなる条例の制定(改廃)請求についていつ何人に代表者証明書を交付したかを広く一般住民に対し告示することとなつており(令第九二条第二項)、署名簿には条例案を附した条例制定(改廃)請求書又はその写を添付すべきことが要求されているし(令第九二条第一項、規則第九条)、また、条例案の内容を途中で変更することも許されないと解される)、そのうえ更に、条例案の内容に対する長の審査権を認めるのでなければ、代表者証明書交付の段階で条例案を提出させることが無意味であるというようなものではない。規定の形式からみても、代表者証明書の交付は、条例制定(改廃)請求手続の第一歩であり、その交付を拒否するということは、以後の一切の手続の進行を不可能ならしめ、当面の問題につき住民が議会に対して自己の発案の審議を求めることを阻止するという重大な効果をもつ行為であるに拘らず、その交付手続について定めた令第九一条は、右の段階で長が条例案の内容を審査して代表者証明書の交付を拒否することができるということについてはなんら規定せず、かえつて前記のように、請求代表者の選挙権が確認されたときはこれに代表者証明書を交付すべきことを長に対して義務づけているにすぎない。また、条例事項かどうかの審査権が長に与えられているのであれば、いつたん代表者証明書を交付した場合でも、その後に制定(改廃)請求書が提出された段階において条例事項でないと判断するにいたつたときの処置が当然問題となるわけであるが、令第九七条は、制定(改廃)請求があつた場合の長の処置として、署名総数が法定数に達していないとき、又は当該請求が法定の請求期間を徒過しているときは、その請求を却下しなければならないこと(第一項)並びにその請求が違法な方式を欠くときは、五日又は三日の期限を附けてこれを補正させなければならないこと(第二項)を定めているのみであつて、右のような形式的事項のほかに、条例案の内容の適否をも長が審査し、これを違法と判断した場合に、長が当該制定(改廃)請求を却下できるということはなにも規定していないのである。これらの点からみると、代表者証明書の交付申請書に条例案の添付が必要とされることをもつて、その申請を受けた長が条例案の内容の適否を審査する権限を有することの根拠とはなしがたいといわなければならない。

(二)  実質的に考えても、もし右の段階で長が条例案の内容を審査して代表者証明書の交付を拒否しうるとするならば、ある事柄を規律することが条例事項かどうかについて住民と長との間に見解の相違がある場合には、住民の発案権の行使が、まさにその見解の相違のゆえに手続の最初の段階において阻止され、長の見解のみが正当として適用し、住民側の見解の当否について議会の審議を受ける機会は失われることとならざるをえないが、もともと、ある条例の発案につき、その内容の当、不当のみならず、法律的に条例で規定しうる事項であるかどうかの点についても十分審議をつくして、これを条例として成立させるかどうかを決定することは、立法機関たる議会の固有の作用であり、議会制度を設けて立法作用を行なわしめる以上、この議会の権限を尊重すべきことはいうまでもない。法が、地方公共団体の長と議会との関係につき、相互の抑制と調和を図りながらも、長と議員との兼職を禁止し(第一四一条第二項)、長は当然には議会に出席しないものとして(第一二一条)、長が議会の活動に関与しない建前をとり、議会の活動については自主性・自律性を認め、委員会制度を採用し(第一〇九条、第一一〇条)、調査権、図書室の設置等を定め(第一〇〇条)、独立事務機構を整備する(第一三八条)など、議会が長から独立して自主的な運営を行なうことを保障する一方、長が議会の議決すべき事件を処分しうる場合を厳格に制限し(第一七九条、第一八〇条)、議会の違法不当な議決に対しては長が事後的に是正手段(第一七六条)をとることを許すにとどめているのは、このゆえである。また、条例の本来の発案権者である議員及び長の発案権の行使については、これらの者も非条例事項を内容とする違法な条例を発案すべからざる一般的義務を負つているわけであるが、その発案の内容の適否について事前に他の機関の審査に服し、議会への提案を阻止されるというようなことは現行法上全くありえないことであつて、これもまた議会制度の本質からくるものにほかならない。しかるに、これらの発案権の行使に代わるいわば第三の発案権の行使ともいうべき住民の条例制定(改廃)請求についてのみ、非条例事項に関する請求ができないとの理由により、行政機関たる長が事前にその内容を審査して議会への提案を阻止しうることを当然であるかのように考えるのは、右のような請求ができないということと、その認定権の帰属の問題とを混同するものであるばかりでなく、住民の条例制定(改廃)請求制度の意義を不当に軽視し、立法機関たる議会の権能をも犯すものであるとの批判を免れない(この点は後にもふれる)。

(三)  更に、代表者証明書が交付されたからといつて、その条例案が条例として成立するかどうかは全く未定であり、その成立及び確定までに長以外にもいくつかの段階で批判審査を受けることはさきに述べたとおりである。

すなわち、まず、請求代表者は、代表者証明書の交付を受けた後、条例案の内容を明らかにして選挙権を有する住民の五〇分の一以上の者の署名を得なければならないから、当該条例案は、第一に、この署名収集の段階で地方自治の主体たる一般住民の批判にさらされることになる。そもそも住民に発案権等を認める直接参政の制度は、その権利を行使する者たると、これらの者の働きかけを受ける者たるとを問わず、およそ住民自身の良識と自覚に対する信頼なくしては存立しえないものでありことに政治的、経済的、社会的利害の対立が激しく、かつ、言論の自由が保障されている現代においては、一般住民に対する署名収集運動の過程で条例案の内容に対する厳しい批判や反対運動がおこり、ついに法定数の賛成署名を獲得しえない場合も十分ありうるのである。もちろん、条例案のうちには、その内容が条例で規定しうる事項であるかどうかが極めて微妙で、その判定に高度の法律的知識を要するものがありうるから、署名収集の段階での一般住民による違法是正の機能には限界があることは認めなければならないが、その点は長とても本質的に同様であり、むしろそのような問題については、立法機関として当該条例案を審議する議会の判断に委ね、更に最終的には裁判所において判定すべきものである。

第二に、かようにして住民の批判を経て所要の署名を得た条例案は、長が意見を附けて議会に付議し(法第七四第三項)、議会において十分な審議を受け、違法であると判断されれば否決されることになる。議会のこのような作用が条例の立法機関として本質的な権限であることはすでに述べたところであるがこの審議にあたつては、長の附した意見が参考とされることはもちろん、必要があれば公聴会を開いて学識経験者らから意見を聴き(法第一〇九条第四項)、あるいは請求代表者ら関係人の出頭を求めて証言を聴くなど自主的な調査研究が行なわれ(法第一〇〇条)、これによつて、法律上の問題についても議会の判断の適正を期することができるのである。議会制度の下において、このような議会の判断力ないし違法排除の機能を信頼かつ尊重するのでなければ、ひとり住民の条例制定(改廃)請求の場合だけに限らず、およそ議会の議決一般について長その他の機関による事前規制を認めざるをえず、かくては議会制度そのものの否定となるであろう。

のみならず、右のような議会の審議と関連して、条例案は議会において修正される場合があることを考えなければならない。すなわち、議会は、議会に付議された議案について、当該議案の目的又は性格を全く変更するものではない限り、独自の立場から必要と認める修正を加えることができるのであり(法第一一五条の二参照)、このことは住民の制定(改廃)請求に係る条例案についてもなんら異なるところはない。この意味において、条例案の内容は、請求者の側から任意変更することが許されないとはいえ、決して確定不動のものではないし、また、請求者(住民)の立場からみても、当該条例案がそのままでは違法であると判断されて否決されるよりは、その趣旨、目的に反しない限度で議会が適法と認める内容に修正のうえ可決されることを利益とするのが通常である(ただし、修正をするかどうかは議会の専権であり、修正可能な議案を修正しないで否決することも自由である)、したがつて、かような修正可能性をもつ条例案の内容を、代表者証明書の交付という議会審議以前の段階で長が確定的なものとして審査し、自己の判断で違法と断定して、以後の手続を阻止してしまうことは、議会の審議対象の流動的、可変的性格を無視し、修正について住民の有する右の利益を不当に失わせるものであるといわなければならない(条例の成否が住民投票によるのではなく、議会の自主的採否に委ねられている法制の下においては、署名収集の際に住民が賛否の意見表明の基礎とした条例案が議会で修正されることに意議を認めたからといつて、これを住民を軽視した非民主的な見解であると非難するのは当らない。)。

第三に、条例可決後の手続ではあるが、最終的な違法是正の手段として、議会が条例案の内容の適否に関する判断を誤り、非条例事項を内容とする条例を可決した場合には、前記のとおり、長はこれを議会の再議に付し、なお違法が是正されないときは、自治大臣又は知事に審査の申立てをして議決を取り消す旨の裁定を求め、更にその裁定に対して裁判所に出訴することも認められており、これによつて違法な条例を排除することが可能である。

このように、住民の請求による条例の制定過程においては、行政機関たる長に条例案の内容に対する事前審査権を認めなければ違法な条例の出現を阻止しえないというような仕組にはなつておらず、むしろこれを認めないことが地方自治運営の建前に適合するものといえるのである。

(四)  これに対し、被告は、長が条例案の内容を条例事項でないと認めた場合でも、代表者証明書の交付を拒否することができず、はじめから条例として制定しえないと判りきつている条例案について署名の収集を許し、更に署名を得たうえでの請求があると、わざわざ議会を招集し、提案、審議、そして否決という過程を経なければならないとするならば、もともと無駄なことについて署名運動の働きかけを受ける多数の住民の迷惑は計りしれず、公務員の徒労や税金の濫費以外にはなんら得るところがなく、長として住民や議会を愚弄する結果となる旨を強調する。

たしかに、住民の運動にも拘らず、条例案が違法として議会において否決された場合には、結果からみればそれまでの運動や手続がいわば無駄であつたことになるし(ただし、この場合でもその運動の政治的効果は無視できない)、また、当該条例がいつたん可決された後に違法としてその効力を否定されるようなことになれば、事態に混乱をきたすこともありえよう。しかし、繰り返して述べるように、問題は、当該条例案が果して違法であるかどうかにつきいまだ何人の権威ある判断もない手続の最初の段階において、長が自己の見解のみを正当として一方的に手続を終息させ、一般住民や議会による判断の機会を奪うことが、議会制度の下において住民の発案権を認めた条例制定(改廃)請求制度の趣旨に適合するかどうかの点にあるのであり、換言すれば、以後の手続を進めることが無駄であるということをなにゆえに長が事前に決定できるのかということなのである。被告は、これを長に決定せしめても、その決定すなわち代表者証明書の交付拒否行為に誤りがあるならば、訴訟によつてその取消しを求めればよいから、なんら正当な発案権の行使を妨げることにはならないというけれども、現代における立法過程がその時々の政治、経済、社会の動きに応じて複雑多様かつ流動的であるため、訴訟により右拒否行為の取消しを得ても、ひとたび挫折せしめられた立法運動がついに所期の目的を達しえなくなる場合があることは原告所論のとおりであり誤りある長の判断がもたらす結果は重大であるといわなければならない。のみならず、現行法の認める条例制定(改廃)請求の制度は、議会が民意を十分に反映しない場合を予想しながら住民の発案の採否を議会の専権に委ねているのであるから、たとえ長が適法と認めて代表者証明書を交付した条例案であつても、議会において否決される案件が多くならざるをえないことは過去の実例の示すところであり、その限りではやはり無駄を生ずることを避けられないのであり、更にいうならば、直接参政の制度そのものが、ある程度の無駄や混乱を敢てしても民主的な地方行政の実現のためには忍ぶべきであるとするところに存立の基礎を有する制度であるとすらいえるのである。したがつて、長の判断が結果的に正当であつた場合の手続の無駅や混乱のみを強調して、条例案の内容に対する長の事前審査権を認めるのは十分な根拠がないというべきである。

また、被告は、住民との間に不一致のある議会に条例案を採否を委ねることを認める以上、同じく住民と見解の対立する長に条例案の内容に対する審査権を認めても不当とするにはあたらないと主張するが、かかる議論は、法の認める条例制定(改廃)請求制度が議会の権限の尊重を前提とするものであることを忘れ、条例の立法過程における議会と長との役割ないし権能の本質的相違を無視した見解であり、とうてい採用することができない。

(五)  以上にみたような条例の制度(改廃)請求手続の構造や、この手続に関与する住民及び議会の役割、とくに立法機関たる後者の地位ないし権限、長と議会との関係等を、前述した条例制定(改廃)請求制度の本旨に照らして総合的に考察すると、法は、住民の条例制定改廃請求権を議会の議員及び長の条例発案権に代わるべきものとみる立場から、その権利の行使につき、これを行使する者の良識と自覚を期待するとともに、違法な内容の条例が出現するのを防止する手段として、一方において、地方自治の主体たる一般住民及び立法機関たる議会の自主的な判断を信頼かつ尊重し、他方、行政の責任者たる長に対しては、議会の権限に対する事前干渉を避けるため、議会の議決以前には条例案を議会に付議する際に意見を附することを認めるにとどめ、もし違法な内容の条例が可決された場合には、瑕疵ある議決に対して長が拒否権を行使する一般の場合と同様、再議その他の法的手続により事後的にこれをを排除しうる途を開くことによつて、議会制度の下における住民の自治権の伸張と行政権の執行との調和を図つているものと解するのが相当であり、要するに、住民による条例の制定(改廃)請求を手続的にも議員及び長の発案権の行使に準ずるものとして取扱う趣旨であると解される(したがつて、長が地方公共団体の事務を管理執行する権限と職責を有することから、条例案の内容に対する長の事前審査権を認めるのは正当でない。)。

このように考えてくると、代表者証明書交付の手続においては、当該条例案の内容が、たとえば被告のあげる憲法改正手続を定めるものであるとか、あるいは法第七四条第一項かつこ書に掲げる地方税の賦課徴収並びに分担金、使用料および手数料の徴収に関するものであるとかのように、条例で規定しえない事項又は条例の制定(改廃)請求をなしえない事項に関するものであることが一見極めて明白で、条例としての同一性を失わない範囲で修正を加える可能性がなく、条例制定(改廃)請求制度を利用させるに値いしないと認められるような場合は格別、そうでない場合には、代表者証明書の交付申請を受けた長は、当該条例案の内容の適否を審査せず、その判断によれば条例事項でないと認めるときでも、それを理由として代表者証明書の交付を拒否することは許されないというべきであり、これに反する被告の主張は採用することができない。

五進んで、以上の見地から本件をみるのに、原告の制定請求をしようとする条例の内容が別紙「練馬区長候補者決定に関する条例(案)」のとおりであることは当事者間に争いがなく、その要点は、練馬区長の選任に区民の意思を反映させるため、区議会が令第二〇九条の七第一項の規定により区長候補者を定めるにあたつては、区が実施する区長投票の結果にもとづいてこれを行なうものとし(第二条)、その区民投票は区議会議員の選挙権を有する年令満二五年以上の者で区民候補者になろうとする旨を区議会に届け届た者について、区の選挙人名簿に登録されている者が行なう(第三条ないし第六条)というものである。ところで、法第二八一条の三第一項は、「特別区の区長は、特別区の議会の議員の選挙権を有する者で年令満二五年以上のものの中から、特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する。」と定め、また、令第二〇九条の七第一項は、「法第二八一条の三第一項の規定により特別区の議会が当該特別区の区長を選任しようとするときは、特別区の議会は、予め特別区の区長の候補者を定め、文書を以て都知事の同意を得なければならない。」と規定して、区長候補者の決定を区議会の権限としているから、この区長候補者の決定について区民投票の結果が区議会の意思を法的に拘束するような内容の条例は違法といわざるをえないであろう。そこで、本件条例案の内容をみると、その第二条の規定は、一面、区議会が区民投票の結果に法的に拘束されることを定めたもののようにみられないでもないが、他面において、「もとづき」なる用語が常に法的拘束を意味するとのみ解しなければならない理由はなく、発案の趣旨等からして、区民投票により選出された者以外の者を区議会において区長候補者に決定することを絶対に許さないとしたものであることが一義的に明白であるとまで断定することはできない。のみならず、区議会が区民の意向を参酌して適当な区長候補者を選ぶために、自己の意思決定の自主性をそこなわないようにして区民投票の結果を適宜利用するということは必ずしも不可能又は無意味なこととは考えられず、また、これをすべて違法として禁ずべき理由もないのであつて、弁論の全趣旨を勘案すれば、区議会においててこのような観点から本件条例案の内容を修正し、区議会の決定権を不当に拘束しないような形の区民投票制度にすることが原告らの発案の趣旨・目的を全く失わせることになるとも認めがたいところである。それゆえ、本件条例案は、その内容が前記区長選任手続に関する法令の規定に違反するかどうかの最終的判断はともかく、その違法であることが疑いを容れる余地のないほどに明白で、しかも修正不能なものであるということはできない。

してみると、本件において、被告が原告の代表者証明書交付申請に対し、条例案の内容が右法令の規定に違反することを理由として、代表者証明書を拒否したことは、本来審査すべからざる事項を審査し、令第九一条に違反したものとして、違法であるといわなければならない。

六以上の理由により、被告の本件代表者証明書交付拒否処分は違法であるから、右処分を取り消すこととし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。(緒方節郎 小木曾競 佐藤繁)

練馬区長候補者決定に関する条例制定請求代表者証明書交付申請書

住所         氏名

東京都練馬区貫井四丁目 大島太郎

六番三号

右の者が練馬区長候補者決定に関する条例制定請求代表者であることの証明書の交付を申請します。

昭和四十二年九月二十五日

練馬区貫井四丁目六番三号

大島太郎

練馬区長職務代理者

東京都事務吏員 寺本静雄 殿

練馬区長候補者決定に関する条例制定請求書

一、条例制定請求の要旨

わたしたちの練馬区では、区長不在の状態が三ケ月もつづいています。このような空白が続くのも、区長が公選制でないからです。わたしたちは区長公選制の実現を望んでいます。しかし、地方自治法の改正まで、手をこまねいているわけにはいきません。

人口四十八万人にも急増した練馬区は、依然として二十三特別区の後進地帯です。このおくれた生活環境の改善について、わたくしたち区民は強い要望を抱いています。わたくしたちは区長選任の切迫した事態に際し、広く区政への関心とさまざまな生活要求をもちながら、現行区長選任制の欠陥を直視し、区民の意思を反映した区長を選ぶ手続の確立が今日最大の課題であると考えます。

地方自治法と同法施行令によれば、区長の選任手続は、区議会が区長候補者一名を推薦し、都知事が同意したのち、区議会が選任すると記されています。ところが区議会の推薦方法については何も規定されていません。わたくしたちはこの現行推薦手続は「法の空白地帯」であると確認し、区議会各会派の談合や公募の方法に代わつて、憲法の定める「地方自治の本旨」に基づいて民主的方法を採用する区条例の制定を請求します。それは、主権在民の憲法原則と住民自治の精神にのつとつて、民意反映の民主的方法として、区民投票を行い、区議会がこの結果に基づいて、区長候補者を決定する練馬区条例の制定です。わたくしたちは種々の専門的検討の結果、この見解は少しも違憲でなく、この条例は全く合法であると確信しております。本来、自治体の長を選ぶのは自治体のもつとも重要な仕事です。本条例は、区が区民投票を実施し、区議会の「区長候補者決定に関する特別委員会」がこの実施事務を監理すると定めています。区内全有権者が基本選挙人名簿によつて投票する区民投票は、別に定める細則と、公職選挙法決定の準用によつて、公正かつ民主的に行なわれるように保障されます。

練馬区長職務代理者および区議会各位が以上のような区条例の制定に御賛同下さるよう切望します。

二、請求代表者

住所     職業   氏名

東京都練馬区貫井四 大学教授 大島太郎丁目六番三号

右地方自治法第七十四条第一項の規定により別紙条例案を添えて条例の制定を請求致します。

昭和四十二年九月二九五日

練馬区長職務代理者

東京都事務吏員 寺本静雄殿

練馬区長候補者決定に関する条例(案)

(目的)

第一条 この条例は地方自治法第二百八十一条の三第一項の規定に基づき、区議会が区長を選任するに当り、全区民の自由な意思が正確に反映されるよう、民主的な手続を確保し、もつて地方自治の健全な発達を期することを目的とする。

(区長候補者の決定)

第二条 前条の目的を達成するため、区議会が地方自治法施行令第二百九条の七第一項に規定する区長の候補者(以下「区長候補者」という)を定めるに当つては、区が実施する区民の投票(以下「区民投票」という)の結果に基づいて、これを行うものとする。

(区民投票)

第三条 区民投票は特別区の議員の選挙権を有する年令満二十五年以上の者で、区長候補者となろうとする旨を区議会に届け出た者について行なうものとする。

(区民投票の期日)

第四条 1 区長の任期満了による区民投票は、その任期が終わる日の前三十日以内に行なう。

2 区長が欠け又は解職され、若しくは不信任の議決に因り、その職を失つたときはその日から四十日以内に区民投票を行なう。

3 前二項に定める区民投票の期日は少くとも十日前に告示しなければならない。

(立候補の届出)

第五条 区長候補者となろうとする者は、区民投票の期日の告示があつた日から四日以内に、郵便によることなく、文書でその旨を、第九条に定める「区長候補者決定に関する特別委員会」の委員長に届け出なければならない。

(投票権)

第六条 区民投票の期日の告示のあつた日において、区の選挙人名簿に登録されていない者は投票することができない。

(運用の公正)

第七条 区民投票に関する事務並びに区長候補者になろうとするために行なわれる運動は本条例及び本条例施行に関する規則に定める場合を除く外、公職選挙法及び同法施行令に定める規定に準拠して、公正に行なわなければならない。

(結果の公表)

第八条 区民投票の結果は区民に対してすみやかに公表されなければならない。

(特別委員会の設置)

第九条 1 区議会は区長選任に当り、「区長候補者決定に関する特別委員会」(以下委員会という)を設置するものとする。

2 委員会の委員は○○名とし、委員長一名、副委員長二名を置く。

3 委員会は区民投票に関する事務を監理し、区民投票の状況又びその結果を区議に報告する。

(施行に関する規則)

第十条 この条例の実施のための手続その他その施行に関し、必要な規定は、そのつど、規則でこれを定める。

付則

1 この条例は公布の日から施行する。

2 第四条第二項の規定にかゝわらず、第六期区長の選任に関する区民投票は、この条例施行の日から二十日以内に行うものとする。

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